株式会社たち吉(たちきち)は京都市下京区に本社のある陶磁器の販売会社で、創業は1752年です。
京焼だけでなく全国各地の陶磁器を仕入・販売しており、2006年現在、全国の百貨店などに100以上の店舗があるそうです。
このような一般消費者向けの販売の他に、企業向けにノベルティ・販促品や業務用食器の企画・販売なども行なっています。
また、京都市の繁華街である四条富小路に本店があり、ギャラリーや陶芸教室を併設するなど文化活動も手掛けているそうです。
また陶磁器製品の売上高が100億円を超える国内でも数少ない会社のひとつであり、特に和食器のメーカーとしては突出した規模の存在なんだそうです。
四季折々の風情を細やかに感じとり、暮らしの中に映しては、しみじみと愛でる京の感性。
たち吉の陶器は、歴史の中で育まれてきた高い美意識と伝統の技を大切に守り継ぎながら上質で洗練された、現代の「雅び」を表す器は心をこめて創作されています。
四条通富小路の角に店を構えて250余年を数える老舗「たち吉」は全国有名百貨店に二百数十ケ所の店鋪を展開し、和洋陶磁器業界第1位を誇ります。
創業は宝暦2年(1752)大御所となっていた八代将軍吉宗が薨去した翌年のことです。
創業者は塚本長九郎といわれ、屋号は「橘屋吉兵衛」と称し、初代は橘屋吉兵衛を名乗っていたそうです。
また創業当初は陶器のほかに荒物(雑貨)や武具類も扱っていたのだそう。
屋号を現社名と同じ「たち吉」と改称したのは明治27年、8代目吉兵衛の時代でした。
戦後まもない昭和24年に会社組織に改め、それまで山積みにしていた商品をひとつひとつ演出した陳列方法の大革命により、東京のデパートとの取引がはじまりました。
高度経済成長期には銀座5丁目に支店を置き、主なデパートに特設コーナー、日本各地に直営店が続々誕生しました。
そして昭和50年には地上6階、地下2階の明るい本社ビルが完成します。
定磔には当時の社長・冨田忠次郎氏の直筆による「峠遠し」の文字が刻まれており、まだまだこれからだ‥という心意気や気迫が感じられます。
写真も「今も昔も四条の茶わん屋」の書は、冨田氏が洋画家の熊谷守一氏の絵画を購入したのが縁となって、熊谷氏が96歳の時に書いた作品だと著書「茶わん屋の詩」に記されているそうです。
作品は対になっており、「茶わん好きな人みな善人也」という書もあるそうです。
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