リチャードジノリという陶磁器で有名なブランドをご存知でしょうか?
とても歴史が古いリチャードジノリの陶磁器は色々な種類があります。
そんなリチャードジノリはイタリアを代表する陶磁器メーカーとして、絶大なる人気を誇るトップブランドです。
特に、イタリアンフルーツというシリーズは、リチャードジノリを代表し、発表されてから250年も経たデザインとはとても思えないような新鮮さが、その人気の秘密なのです。
1760年頃にトスカーナのとある貴族の為に造られた「イタリアンフルーツ」は現在でも新鮮さに満ちあふれ、不朽の名作として愛されているシリーズです。
またイタリアンフルーツ以外にもフルーツをモチーフにしているリチャードジノリの柄はありますね。
他に人気のあるリチャードジノリのシリーズとしては、ベッキオホワイトシリーズが有名なのではないでしょうか。
ジノリ最古の代表作である「ベッキオホワイト」は不変の定番として親しまれています。
モダンなタイプのリチャードジノリとなるとリチャードジノリピノキオシリーズも人気がありますし、花をモチーフにしているベッキオローズブルーというシリーズが上品でブルーな感じが素敵です。
また「オリエントエクスプレス」はオリエント急行の車内で使用されている食器で、ブルーの車体と同じ色のデザインに「VSOE」のエンブレムがアレンジされています。
リチャードジノリは、今から266年前の1735年、イタリアはフィレンツェのカルロ・ジノリ侯爵がトスカーナの自領地内のドッチァという場所に最初の窯を作ったのが始まりです。
この時代、白地の磁器はヨーロッパ人の憧れの的だったそうです。
そんなイタリアで初めての磁器がジノリ侯爵により誕生します。東洋への憧れは有田焼きの写しが基になったレッドコック柄にも見られます。
さらに、今もその人気が衰えることのないジノリのイタリアンフルーツ柄は1760年頃にトスカーナのある貴族の別荘の為に製作されました。アンティークローズも18世紀の後半に描かれたシリーズなんだそうです。
ドッチァ窯は161年の間、ジノリファミリーによって受け継がれます。
初代のドッチァ窯の創設者カルロ・ジノリ侯爵の時代から134年の後、シナイ半島とアフリカ大陸の間のスエズ運河が開通します。
それを記念して1872年、ジノリはエジプト総督の為に「ケディヴェ」という斬新な柄のシリーズを製作したそうです。
また、1873年には、日本から岩倉具視ひきいる欧米使節団がジノリ工場を訪れ、記念にジノリの皿にサインを残しています。
さらにこの時代、1880年にイタリア国王となったサヴォイア家のウンベルト1世の注文により「森の果実シリーズ」を製作しています。この柄は現在でも復刻製作されていますよね。
そしてイタリアという国が統一されたこの時代、ジノリにも大きな変化がありました。それは、1896年ミラノのリチャード社との合併です。ここに「リチャード ジノリ社」が誕生することとなるのです。
リチャード ジノリ社は1923年に、現代イタリア建築の父と呼ばれる「ジオ・ポンティ」をアートディレクターとして起用します。
17年という期間にジオ・ポンティは、美術館やコレクションの為の大作と、家庭のインテリアとしての作品を制作しています。
「”工業”は20世紀のスタイル”様式”である」と彼は考え、ジノリ社のスタッフとのコラボレーションから、リチャード ジノリの磁器素材を使った「モダン・アート」を創造しました。
アール・デコと呼ばれた時代であり、1937年に開催されたパリ万博では、ジオ・ポンティの作品は高く評価されたのだそうです。
第二次大戦後には、ジオ・ポンティの弟子のジョバンニ・ガリボルディが起用されます。
その後、現在も人気の高い「クリッパー」や「ボンジョルノ」のシリーズが登場し、そして2000年には、リチャードジノリジャパン株式会社が日本に設立されました。
代々のマエストロに受け継がれる「手仕事」の伝統を大切にしながら創造の精神を支えに、リチャードジノリは未来を見つめて今日も新しい試みをたゆまず続けていきます。
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