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マイセン

マイセン

マイセンは高級磁器の代名詞と言っても良いほど知名度が高いドイツの窯です。
マイセンはその不動の地位を守り続けるために厳格な品質管理を行っており、優れた品質の作品を1級品として世に送り出しています。
芸術的、美術的観点から見たマイセンの磁器は、現代物より古い19世紀の物が圧倒的に優れている、という人もいて、磁器自体の焼成技術は現代物に軍配が上がりますが、絵付けの技術は古い19世紀の作品に軍配が上がるのだとか。
磁器の真贋は様式、絵付け方法、さらに製造工場の歴史などを総合的に見て決定が下されます。
一方、陶磁器の歴史を見ると、買い手の意向、あるいは売り手そのものによって、窯印に手を加えているものもあるので、陶磁器作品を見分けるとき、形態とか、輪郭、絵付けの色彩などの陶器自体の特徴と共に、彫像や容器の裏側に施された窯印にもそれらに劣らぬ関心が払われるのも当然といえるでしょう。
経験豊かな時期収集家以外は、作品を選択する際に、その作品がどの工場で作られたものかをひとつの目安にするに違いありません。
したがって工場はその信頼にそむくようなことがあってはなりません。そこでこの保証の為にマイセン工場ではひとつの措置を講じているのだそうです。
これこそが、その製品の規格品質を保証する「青い双剣」なのです。

歴史

東洋からもたらされた白磁は、17世紀ごろの西洋社会では憧れの芸術品でした。
各国が競ってその製造開発に乗り出し、ザクセン王国のアウグスト強健王も錬金術師ヨハン・フリードリッヒ・ベトガーを幽閉し、金を作るように命じました。
ベトガーは物理学者・数学者・哲学者エーレンフリート・ヴァルター・フォン・チルンハウスらの協力を得て、1709年にザクセン・フォークラント地方のアウエ鉱山のカオリンを原料とした白磁の製造に成功します。
アウグスト強健王は大いに満足し、西洋磁器の歴史の幕が開けたということなのです。
翌1710年にドレスデンに「王立ザクセン磁器工場」が設立され、硬質磁器製造の独占権が与えられました。これが現在の「国立マイセン磁器製作所」の始まりなのです。
数ヵ月後に磁器工場は25km離れたエルベ川沿いのマイセン地方・アルブレヒト城の内部に移され、厳重に機密が保持されました。
また、同年1月23日には「ザクセンでは今や東インドと同等の磁器の製造が可能になった」という布告が出ています。
なお、ベドガーは幽閉を解かれることなく、直ちに染付の複製を命じられました。しかしベドガーはこれを果たすことなく30代で死亡してしまいます。
また近年の研究では、チルンハウスは1704年に既に磁器の焼成に成功していたのではないかとも考えられているそうです。



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